竹取物語 · Part 3 of 3

かぐや姫ひめのうわさを聞きいた帝みかどは、「どんなに美うつくしい人ひとなのか、見みてきなさい」と言いって、使つかいを送おくりました。けれども、かぐや姫ひめは使つかいに会あおうとしません。帝みかどは、おじいさんをよんで約束やくそくしました。「かぐや姫ひめをわたしのところで働はたらかせなさい。そうすれば、おまえに高たかい位くらいをあげよう。」それでも、かぐや姫ひめは言いいました。「帝みかどのところへ行いかされるくらいなら、わたしは消きえてしまいます。」

そこで帝みかどは、狩かりに出でかけるふりをして、とつぜんかぐや姫ひめの家いえに入はいりました。家いえの中なかは光ひかりでいっぱいで、その光ひかりの中なかに、美うつくしい人ひとが座すわっています。帝みかどは、かぐや姫ひめの袖そでをつかんで、そのまま連つれて帰かえろうとしました。すると、かぐや姫ひめは、さっと影かげになって消きえてしまいました。

「この人ひとは、ふつうの人ひとではないのだ」と、帝みかどは思おもいました。「もう連つれて帰かえろうとはしない。だから、もとの姿すがたにもどっておくれ。」

かぐや姫ひめは、もとの姿すがたにもどりました。帝みかどは連つれて帰かえるのをあきらめて、ひとりで帰かえっていきました。けれども、かぐや姫ひめのことを忘わすれることはできません。それから三年さんねんの間あいだ、二人ふたりは手紙てがみのやりとりを続つづけました。

三年さんねんがたった春はるのころから、かぐや姫ひめは、月つきを見みては考かんがえこむようになりました。八月はちがつの満月まんげつが近ちかづくと、人ひとの前まえでも泣なくようになりました。おじいさんとおばあさんが心配しんぱいしてわけをたずねると、かぐや姫ひめは、とうとう打うち明あけました。

「わたしは、この国くにの人ひとではありません。月つきの都みやこの人ひとです。今月こんげつの十五日じゅうごにちに、月つきから迎むかえが来きます。わたしは、帰かえらなければなりません。」

月つきの都みやこの人ひとは、とても美うつくしく、年としをとらず、悩なやむこともないといいます。それでも、かぐや姫ひめは言いいました。

「帰かえるのは、うれしくありません。お二人ふたりと別わかれるのが、悲かなしくてたまらないのです。」

おじいさんは、帝みかどに助たすけをお願ねがいしました。帝みかどは、二千人にせんにんの兵士へいしを送おくりました。八月はちがつ十五日じゅうごにちの夜よる、屋根やねの上うえに千人せんにん、塀へいの上うえに千人せんにんの兵士へいしが、弓ゆみを持もって空そらを見み上あげていました。おばあさんは、奥おくの部屋へやでかぐや姫ひめをしっかりと抱だいています。おじいさんは、戸とに鍵かぎをかけて、その前まえに座すわりました。

「これだけ守まもっていれば、月つきの人ひとにも負まけません」と、おじいさんは言いいました。

「どんなに戸とを閉しめても、月つきの人ひとが来くれば、みんな開あいてしまうでしょう。弓ゆみを持もっていても、戦たたかうことはできないでしょう」と、かぐや姫ひめは言いいました。

真夜中まよなかになりました。とつぜん、家いえのまわりが昼ひるよりも明あかるくなりました。満月まんげつを十とおも合あわせたような光ひかりです。その光ひかりの中なかを、雲くもに乗のった人ひとたちが空そらから下おりてきて、地面じめんより少すこし高たかいところに並ならびました。

兵士へいしたちは、戦たたかうことができませんでした。弓ゆみを引ひく力ちからも出でず、ただぼんやりと見みているだけです。

月つきの王おうらしい人ひとが、おじいさんに言いいました。

「かぐや姫ひめは、罪つみをおかしたので、しばらくの間あいだ、おまえのところにいたのだ。その時ときが終おわったので、迎むかえに来きた。」

そして、かぐや姫ひめに言いいました。

「さあ、かぐや姫ひめ。こんなきたない所ところに、いつまでもいてはいけません。」

すると、閉しめてあった戸とが、ひとりでに開あきました。かぐや姫ひめは、おばあさんの手てをはなれて、外そとへ出でていきました。

月つきの人ひとたちは、箱はこを二ふたつ持もっていました。一ひとつには、天あまの羽衣はごろもが入はいっています。もう一ひとつには、飲のめば死しななくなる薬くすり、不死ふしの薬くすりが入はいっています。この羽衣はごろもを着きた人ひとは、心こころが変かわってしまい、人ひとを思おもう気き持もちもなくなるといいます。

月つきの人ひとが羽衣はごろもを着きせようとすると、かぐや姫ひめは言いいました。

「少すこし待まってください。」

そして、あわてずに、帝みかどに手紙てがみを書かきました。最後さいごに、歌うたを一ひとつ書かきました。

「羽衣はごろもを着きる今いまになって、あなたのことをしみじみと思おもい出だしています。」

かぐや姫ひめは、手紙てがみに不死ふしの薬くすりをそえて、帝みかどの使つかいにわたしました。

書かき終おわると、月つきの人ひとが、かぐや姫ひめに羽衣はごろもを着きせました。すると、おじいさんをかわいそうだ、いとしいと思おもう気き持もちも、消きえてしまいました。かぐや姫ひめは車くるまに乗のり、百人ひゃくにんほどの月つきの人ひとといっしょに、空そらへのぼっていきました。

おじいさんとおばあさんは、血ちの涙なみだを流ながして泣なきました。「かぐや姫ひめがいないのに、長ながく生いきて何なにになるだろう」と言いって、薬くすりも飲のまず、そのまま病気びょうきになって、寝ねこんでしまいました。

帝みかどは、かぐや姫ひめの手紙てがみを読よんで、とても悲かなしみました。そして、家来けらいたちにたずねました。

「天てんにいちばん近ちかい山やまは、どこか。」

「駿河するがの国くに(今いまの静岡県しずおかけん)にある山やまが、都みやこにも近ちかく、天てんにも近ちかいそうです」と、ある人ひとが答こたえました。

帝みかどは言いいました。

「もうかぐや姫ひめに会あえないのなら、死しなない薬くすりに何なんの意味いみがあるだろう。」

帝みかどは、使つかいにたくさんの兵士へいしをつけて、その山やまに登のぼらせました。そして、山やまのいちばん上うえで、手紙てがみと不死ふしの薬くすりを燃もやさせました。

たくさんの兵士へいしが登のぼったので、この山やまは「士しに富とむ山やま」、つまり「ふじの山やま」と名なづけられたといいます。士しは、兵士へいしのことです。「不死ふし」の薬くすりを燃もやした山やまだから「ふじ」の山やまだ、と考かんがえる人ひともいます。これが、今いまの富士山ふじさんです。

その煙けむりは、今いまも雲くもの中なかへのぼっていると、言いい伝つたえられています。

This is a LITIM Japanese digest (Part 3 of 3): our own retelling, in easy modern Japanese, of the classic 竹取物語 (The Tale of the Bamboo Cutter). It is not the original text.

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