「では、みなさん。川だと言われたり、乳の流れたあとだと言われたりしてきた、このぼんやりと白いものは、本当は何でしょう。」先生は、黒板にかけた大きな星の図の、白い帯のような所を指して、みんなに聞きました。
カムパネルラが手をあげました。ジョバンニも手をあげようとして、急いでやめました。あれはみんな星だと、いつか雑誌で読んだのです。けれども、このごろのジョバンニは、朝も午後も仕事がつらくて、教室ではいつも眠く、何もよくわからないような気がするのでした。
「ジョバンニさん。あなたはわかっているのでしょう。」先生に言われて立ち上がりましたが、はっきり答えることができません。前の席のザネリがふり返って、くすっと笑いました。ジョバンニは真っ赤になりました。次に聞かれたカムパネルラも、立ったまま、やはり答えませんでした。
カムパネルラが知らないはずはありません。二人は前に、カムパネルラのお父さんの本で、銀河の写真をいっしょに見たのです。ぼくをかわいそうに思って、わざと答えなかったのだ。そう考えると、ジョバンニの目は涙でいっぱいになりました。
先生は言いました。「このぼんやりと白い銀河は、大きな望遠鏡で見ると、たくさんの小さな星なのです。今日は銀河のお祭りですから、みなさんは外へ出て、空をよくごらんなさい。」
学校が終わると、同じ組の子どもたちは、カムパネルラを囲んで、今夜の星祭りの相談をしていました。川へ流す、からすうりのあかりを作るのです。けれどもジョバンニは、一人で門を出て、町の印刷所へ行きました。そこで、小さな金属の字を一つ一つ拾う仕事をしているのです。六時すぎに仕事が終わると、小さな銀貨を一つもらいました。ジョバンニはパンと角砂糖を買って、走って家へ帰りました。
家では、病気のお母さんが寝ていました。「お母さん、角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」けれども、今日の牛乳はまだ届いていませんでした。
お父さんは、北の海へ漁に出ているはずですが、長い間帰ってきません。悪いことをしてつかまっているのだ、と言う人もいます。「お父さんは、きっともうすぐ帰ってくるよ。そんな悪いことをしたはずがないんだ。」お父さんは、この次はラッコの上着を持ってくると言っていました。それで学校の子どもたちは、ジョバンニをからかうのです。「でも、カムパネルラは決して言わないよ。」ジョバンニは、牛乳を取りに行って、お祭りも見てくると言って、家を出ました。
町は、木の枝やあかりで、すっかりきれいに飾られていました。子どもたちは、新しい着物を着て、口笛を吹いたり、花火をしたりして、楽しそうに遊んでいます。けれどもジョバンニは、下を向いて、牛乳屋へ急ぎました。牛乳屋では、年をとった女の人が出てきて、「今はだれもいないので、わかりません。もう少したってから来てください」と言いました。
町の角で、からすうりのあかりを持った、同じ組の子どもたちに会いました。「ジョバンニ、ラッコの上着が来るよ。」ザネリが叫ぶと、みんなも続いて叫びました。その中に、カムパネルラもいました。カムパネルラは、気の毒そうに、だまって少し笑って、ジョバンニの方を見ていました。ジョバンニは、その目から逃げるように通りすぎました。そして、何とも言えずさびしくなって、町の外の黒い丘の方へ走り出しました。
丘の上には、「天気輪の柱」が立っていました。ジョバンニはその下まで来ると、冷たい草の上に体を投げ出しました。空には天の川が、南から北へ白く流れています。町のあかりは、まるで海の底のお宮のように見え、子どもたちの歌う声が、かすかに聞こえてきました。
遠くの野原を、汽車が走っていきます。その小さな窓の中で、たくさんの人が、りんごをむいたり、笑ったりしているのだと考えると、ジョバンニは何とも言えず悲しくなって、また空を見上げました。けれども、いくら見ていても、空は先生の言ったような、何もない冷たい所だとは思えませんでした。見れば見るほど、小さな林や牧場のある野原のように見えるのです。
すると、どこかで、「銀河ステーション、銀河ステーション」という、ふしぎな声がしました。急に目の前がぱっと明るくなって、ジョバンニは何度も目をこすりました。
気がつくと、ジョバンニは、ごとごと走る小さな汽車に乗っていました。黄色い電灯のならんだ席で、窓から外を見ながら座っていたのです。すぐ前の席には、ぬれたように真っ黒な上着を着た、背の高い子どもがいました。その子が窓から頭を引っこめて、こちらを見ました。それは、カムパネルラでした。
「みんなはね、ずいぶん走ったけれども、遅れてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれども、追いつかなかった。」「どこかで待っていようか。」「ザネリはもう帰ったよ。お父さんが迎えに来たんだ。」そう言いながら、カムパネルラは、なぜか少し青い顔をして、どこか苦しそうでした。ジョバンニも、何かをどこかに忘れてきたような、おかしな気持ちがして、だまってしまいました。
けれどもカムパネルラは、すぐに元気になって、円い板のような黒い地図を見せてくれました。天の川の左の岸にそって、一本の線路が、南へ南へと続いています。「もうすぐ白鳥の停車場だよ。」
窓の外では、青白く光る銀河の岸で、銀色のすすきが、風にさらさらとゆれていました。「あれは月夜だろうか。」「月夜ではないよ。銀河だから光るんだよ。」天の川の水は、ガラスよりもすきとおって、音もなくどんどん流れていきます。野原には、青やだいだい色に光る三角の印が、あちらにもこちらにも立っていました。
「ぼくはもう、すっかり天の野原に来た。」ジョバンニは、うれしくてたまらなくなって、足をこつこつ鳴らしました。
「ああ、りんどうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ。」カムパネルラが、窓の外を指さして言いました。紫のりんどうの花が、次から次へと、雨のように目の前を通りすぎていきます。小さな汽車は、天の川の光の中を、どこまでもどこまでも走っていくのでした。